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千葉地方裁判所 昭和29年(行)3号 判決 1955年4月05日

原告 岡部慎

被告 千葉地方法務局長

訴訟代理人 望月伝次郎 外二名

主文

千葉地方裁判所佐原支部が原告の申立に基ずき原告の訴外田杉広己に対する不動産強制競売申立事件として昭和二八年一〇月二〇日別紙目録記載の物件につき千葉地方法務局佐原支局に為した右申立記入の登記嘱託を同支局登記官吏が却下の決定をしたのに対し原告の為した異議申立につき被告が昭和二九年四月一七日為した右申立を棄却する旨の決定は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は千葉地方裁判所佐原支部に対し、債権者を原告、債務者を訴外田杉広己とし、債務者所有の別紙目録記載の物件に対し不動産強制競売の申立を為し、同裁判所は昭和二八年一〇月一九日右申立を適法なるものとして不動産強制競売開始決定をなし、同年同月二〇日之が申立記入の登記を訴外千葉地方法務局佐原支局に嘱託した処、同支局登記官吏白井清作は「本件不動産に対し既に関税滞納処分による差押登記ありて、この差押は公売手続の前提にして、強制競売の申立も同じく公売手続の前提なるを以て、一個の不動産につき二個の公売手続をなす能わず」。との理由により右登記嘱託を却下した。依つて原告は被告に対し、不動産登記法第百五十条による異議の申立を為した処、被告は昭和二九年四月一七日右異議の申立を棄却する旨の決定をなした。而して右決定の理由とするところは「本件不動産強制競売の申立添付の登記簿謄本によれば、右不動産については既に大蔵省のため昭和二六年九月六日国税滞納処分による差押の登記が為されているから、(中略)裁判所は更に競売手続を開始することはできないものと解すべきであるが故に、仮わに裁判所において競売開始決定を為し、民事訴訟法第六五一条第一項の規定に基づき、登記の嘱託が為された場合においても、右による登記の嘱託は之を受理することはできないものと解する。」と謂うにある。然し右決定は違法であるから、之れが取消を求める。と述べ、

被告の主張に対して、

強制競売の申立は民事訴訟法に基ずく競売の前提であつて、公売の前提ではないから右不動産につき国税滞納処分による差押登記ありとするも一個の不動産につき二個の公売手続が重複する結果を招来せず、のみならず民事訴訟法第六四五条第一項は民事訴訟法の規定に基ずき競売開始決定が為された不動産については更に開始決定を為すことができないと規定したのみで、国税徴収法に依拠して不動産を差押えた場合において更に民事訴訟法の規定に則り競売開始決定をなすことまでも禁止する趣旨ではない。「国税滞納処分による差押の登記が既になされている。」ということが被告の決定理由の唯一無二の根拠であつて、何故に民訴法に基ずく強制競売が許されぬのか、その法令上の根拠及び理由につき何等示していない。

国税滞納処分による差押登記がなされている不動産に対して民訴法上強制競売開始決定をなすことを禁ずる規定はないから、国税滞納処分による差押登記あるも、公売処分の執行なき以上、民事訴訟法上の強制競売の進行を妨ぐべき理由はない。然るに従来かかる場合、国税徴収法第二条に基ずく国税優先主義の国家万能的拡張解釈と行政処分と強制執行とが併立競合し手続が複雑化するとの便宜論から強制競売は許されずとの切捨御免の取扱いが為されて怪しむ所がなかつた。然しながら、

(1)国税徴収法第二条に所謂国税の優先とは、一般債権と公租公課とが同時に債務者(納税義務者)の同一財産中から弁済を受けんとする場合に始めて認められるに過ぎずこの場合において公租公課をしてすべての債権に優先して弁済を受けしめると言うに止まる。それ以上に納税義務者の財産は公租公課の為めの特別担保となる訳ではないから納税義務者の財産につき、国税滞納処分による差押ありとするも、他の一般債権者は債務者(納税義務者)所有の財産に対し民事訴訟法に基ずき強制執行を為し得べく、国税優先の名に藉り、私人の債権の司法作用に基ずく回収を排除し、人民の権利を不当に侵害し得べき理由はない。

(2)第二にこの場合、民事訴訟法上の強制競売を進行せしめるも、行政処分と強制執行とが競合し手続の複雑化を生ぜしめる如き結果とはならない。何となれば一旦強制競売が開始されると、国税徴収法施行規則第二九条により、徴税官庁が強制競売の対象となつた財産に対し更に滞納処分による公売をすることは手続が複雑となるので禁止され(国税徴収法第一九条の反対解釈)執行機関に対して国税優先の原則に基ずき、滞納税額の交付要求を為すことによつて、徴税の目的を達成することとなるからである。

この趣旨は民事訴訟法に徴しても窺い得る所である。即ち同法第六五四条は裁判所が不動産の競売開始決定を為したときは主務官庁に通知し期間を定めてその不動産から取立つべき公課の有無及び限度を申出るよう催告すべき旨を定めているが、右は不動産について強制競売が行われる以上、更に国税滞納処分による公売を為すことを禁ずると共に、国税債権をも交付要求によつて配当に加える必要があるとしたものに外ならない。

(3)但しこの場合すべての公租公課は納税義務者の一般財産によつて担保されるに止まるから、通常この取扱いを受ける公課はその不動産の負担すべき物的税に限られ所得税その他の人的税は含まれず、後者は一般債権者の配当要求に準じて交付要求をした場合に始めて配当に加わり、その不動産の売得金から優先弁済を受けることができるに止まるのであるが、(東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第一、一八六号配当異議請求事件、行政裁判例集四巻九号参照)本件のように不動産につき既に所得税その他の人的税につき滞納処分による差押登記が存する場合においては、右先行差押手続の効力として之等の税金についてもその不動産の負担すべき公課として当然に包含せられ、之については一般債権者の配当要求に準じた交付要求を俟たず配当に加わるものと解すべく、滞納処分による先行差押手続は、此の限度においてのみ効力を有するものと言うべきである。かく解することにより国税徴収法第二条の法意に反せず、民事訴訟法の規定とも矛盾するところなくして、徴税の目的を達するに十分なものがある。

以上の理由によつて、国税滞納処分による差押登記ある不動産に対し民事訴訟法上適法有効に競売開始決定を為し得べく、登記官吏は右決定に基ずく競売申立記入の嘱託登記を拒否すべき何等の理由はない。と述べた。

被告は請求棄却の判決を求め、

答弁として、原告の主張事実を全部認め、

元来国税滞納処分として差押の登記がなされている不動産に対しては民事訴訟法上の強制執行たると、はたまた競売法による競売の申立たるを問わず、すべてその後になされた競売開始決定に基ずく競売申立記入の嘱託登記を重ねてなすべきものではない。(大正六年九月一四日民第一、四九〇号法務局長回答参照)従つて千葉地方法務局佐原支局の登記官吏白井清作が、本件強制競売申立記入の嘱託登記申請につき、不動産登記法第四九条第二号所定の「事件カ登記スヘキモノニ非サルトキ」に該当しこれを受理すべきでないとの理由によつて同嘱託登記の申請を却下した決定を維持して、原告から申立てたる右却下決定に対する異議申立を被告において棄却した決定には違法がないのであるから、原告の請求は失当として棄却さるべきである。

と述べた。

理由

『滞納処分は強制執行の一つである。それは行政庁がする強制執行であるが行政庁のする強制執行は裁判所のする強制執行と性質は同一である。ただ執行を開始する要件として民事訴訟法の定める債務名義の存在を必要としない点が裁判所のする強制執行と違うに過ぎないのである。

さて、民訴六四五条は不動産に対し二重の強制執行を禁止し、既に強制競売開始決定のあつた不動産に対しこれに後れて強制競売を申立てた債権者のために記録添附の制度を定め、開始決定のなされた後に申立てのあつた債権者の記録を前の記録に添附し、この添附となつた申立は、既に開始した競売手続が取消と為つたときは添附の時に開始決定を受けた効力を生ずると定めている。而して、この様な効力を生ずるのは、前の申立が取消となつたときばかりでなく、中止となつたときも同様であると解されている(昭和六年一〇月二三日大審院第五民事部決定、判例集一〇巻九二四頁参照)。既に述べたように、本件の如き滞納処分は強制執行の一つであつて、それは裁判所のする強制執行と性質上同一である。ただ裁判所のした強制競売開始決定より時間的に前になされたという点において開始決定より優位な取扱を受けている。その状態は民訴六四五条の定める「既に開始された競売手続」の受ける効力と同一である。この様な場合には裁判所のなした強制競売開始決定については競売の申立のあつたことを登記簿に記入すべき嘱託を受けた登記官吏はその嘱託に従つて記入を為すべきでありこれによつて記録添附と同一の効方を生ずると解せられる。

すなわち、裁判所のなした開始決定による手続は進行することを一応やめるのであるが、滞納処分の進行がなされずしてそれが中止となつたときは、民訴六四五条二項の解釈のとおり、同項にいう記録添附に相当する裁判所のなした強制競売開始決定による執行が進行するに至るものと解せられる。

元来、不動産に対する滞納処分はドイツ租税法三七二条に定めるとおり、行政庁より裁判所に対する強制競売の申立として開始されることが望ましいのであるが、その様な立法措置がなされなくとも、滞納処分の性質と民訴六四五条の解釈によつて前述のとおりに解せられるのである。

従つて本件においては被告のなした却下処分は理由がないから、これを取消さねばならない。

そして裁判所の嘱託した競売申立の登記の記入がなされた後、滞納処分が中止になつていることが証明されたならば、本件不動産に対する強制執行をなすべき権限ある官庁は行政庁から裁判所に移り、本件不動産に対する滞納処分が取消となつたときと同様に、裁判所の競売手続だけが進行することとなるのである。

(裁判官 高根義三郎 山崎宏八 浜田正義)

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